伊勢内宮前 おかげ横丁

吉兆招福亭

招き猫専門店

吉兆招福亭
  • 住  所三重県伊勢市宇治中之切町52
  • 電  話0596-23-8852
  • 営業日時9:30~17:30(季節により異なる)
    年中無休

 

全国の作家や窯元から集めた招き猫の専門店。
かわいい顔した猫やひょうきんな猫、一匹一匹がとても愛らしく、どれにするか悩んでしまいます。
たくさんの猫たちが、皆様をお待ちいたしております。
どうぞ「福」をお持ち帰りください。

 


お伊勢詣でて福持ち帰る

 

[吉兆招福亭咄]

平成の御世の五年の秋に、伊勢の大神宮の御遷宮があり、その夏のこと、鳥居前町に『おかげ横丁』という小さな横丁が出来た。自然の恵みに感謝し、太陽に日々手を合わせる人々が住むところ。おかげの心を、そのまま名前にしてしまったそうな。
そのおかげ横丁の中ほどに、吉兆招福亭という大層めでたい屋号の店があり、中を覗いて見れば、いるわいるわ、約千種類の招き猫が所狭しと勢揃い。どの猫も福々しく、かわいらしいものばかり。


招き猫あれこれ

 

常滑焼

愛知県は知多半島に位置する常滑。古くから水瓶や土管などを作ってきた焼物産地。常滑焼きの招き猫は、蕎麦屋などの店先でお馴染みの、頭が大きくポッチャリとした招き猫です。
本体は素焼製で、その上に直接塗料で絵付がされてるため、時間が経つと埃を吸って煤けてきてしまいます。しかし、そこがアジだったりもします。

瀬戸焼

陶器と言えば『瀬戸物』と言わしめるほど有名な焼物の生産地。常滑と同じく愛知県に有ります。
瀬戸焼の招き猫は、細身で磁器製の招き猫が主流でしたが、現在では日本一の開発能力を活かし、様々な形状の招き猫が生み出されています。

九谷焼

加賀百万石が育んだ九谷焼。
九谷焼の招き猫は、九谷焼の特徴である五彩と呼ばれる鮮やかな絵付や、細い穴から絵の具を搾り出して立体的に絵付けを施す、『盛(もり)』と呼ばれる技法など、手の込んだ作品が多いのが特徴です。瀬戸と同じく磁器で出来ています。

張子

木型や焼物で出来た型に直接和紙を張り、小刀で切りはがしてから元通り貼り合せて作られています。選挙の時におなじみの、あのダルマさんと同じ製法。
そのため、張子の招き猫はダルマ生産地と同じ所で作られていることが多く、群馬県の高崎や、東京都の多摩などが昔から知られた張子の招き猫生産地です。

木彫り

意外と少ないのがこの分野。焼物や張子に比べると大量生産に向かないため、価格も上昇気味です。最近では、人件費の安い海外で作られたものが主流となっていますが、伊勢の伝統技術である「伊勢一刀彫」で作られた招き猫もいます。

現代作家

江戸時代に生まれた招き猫も、吉兆招福亭の守り神、『猫童子』を制作された、もりわじん氏などにの様に、既存の招き猫の枠を超え、様々な分野の作り手たちによって個性的に表現されるようになりました。

郷土玩具

そもそも招き猫とは、民衆の素朴な信仰や、地域ごとの文化に根ざした土着的な縁起物でした。これは招き猫だけではなく、干支や節句人形、凧や独楽などにも当てはまり、このような手仕事で作られる素朴な手工芸品を、総じて『郷土玩具』と呼びます。
また、この分野には熱烈な愛好者も多く、招き猫愛好家の最後の到達点とも言えます。
しかし最近では、製作者の高齢化や後継者不足などにより、その存続が危ぶまれています。

招き猫おみくじ

年始めの運だめし!おみくじをひいた後は置物になります。
専用の座布団も一緒にどうぞ。

招き猫おみくじ 350円(税込)
座布団 200円(税込)

もりわじん作 招き猫ご縁札

人気猫作家もりわじん氏が一枚一枚手書で文字入れします。
『大幸福』『大幸運』などお気入りの一枚を見つけて下さい。

各1,350円(税込)

 


招き猫とは

 

中国の唐代に書かれた『酉陽雑俎(ゆうようざっそ)』という書物の中に、「猫が顔を洗い、手が耳を過ぎれば客が来る」との記述あり、これをもとに誕生したのが招き猫と言われております。
また、その発祥の地は、江戸時代の江戸とも京都とも言われておりますが、諸説色々あり、定かではございません。
しからば、招き猫発祥のいわれの中でも、代表的なものを講釈仕り候。


豪徳寺・招福猫児演義

 

時は江戸時代初期、万治年間(一六五八~)のこと、江戸は世田谷にある曹洞宗の寺、『豪徳寺』は、貧しい荒寺であったそうな。
時の和尚は、一匹の白猫を自らの食を分け与えるほどにかわいがり、たわむれに「我が愛育の恩を知らば、何か果報を招来せよ」と言い聞かせていた。それから幾年月が過ぎた或る夏の昼下がり、にわかに門前が騒がしくなった。何事やあらんと外に出てみれば、鷹狩の帰りと思しき騎馬武者五、六騎、門前に馬を乗り捨て中へと入り来る。聞けば、当寺の門前を通りがかると、門前にて白猫が盛んに手招きをするので、不審に思って立ち寄ったとのこと。
和尚は慌てて寺内に迎え入れ、渋茶などを勧めるうち、天は急に掻き曇り、雷を伴う猛烈な雨が降り始めた。しからば雨が止むまでと、和尚は心静かに御仏の教えなどを武士に説いて聞かせた。武士はいたく感じ入り、「我、江州彦根城主、井伊掃部守直孝なり。猫に招き入れられ雨の難より逃れ、貴僧の説法に預かる所、まさに何かの縁」と身分を明かし、ついに豪徳寺は井伊家の菩提寺と定められ、大いに栄えたという。
後に、和尚は猫のために墓を建て懇ろに弔った。さらに後世、この猫の姿を模り、『招福猫児(まねきねこ)』として崇め奉れば、吉運来ると評判になったという。


今戸・丸〆猫演義

 

嘉永年間(一八四八~)、江戸は浅草、花川戸と呼ばれる所。ここに、一匹の猫と暮らす老婆がいたそうな。生活は貧しく、泣く泣く飼っていた猫を手放すこととなった。その夜のこと、老婆の夢枕に手放した飼い猫が現れ、自分の姿を今土手焼の土人形にし、背中に丸〆の印を入れて売るとよい、というお告げを残した。
夢から覚めた老婆は、早速猫の像を作り、これを売ると、たちまち吉運を招く縁起物として人気となり、老婆の生活が成り立つようになったという。
この伝説については、嘉永五年(一八五二)に制作された安藤広重の版画、「浄瑠璃町繁華の図」の中に、丸〆猫を売る店が描かれていることから、実存を確認できる最も古い招き猫とされます。

 


壇王法林寺・主夜神尊演義

 

壇王法林寺は、京都にあるお寺で、夜を司り、盗賊や火災などの厄災から守ってくれるという『主夜神(しゅやしん)』を祀っている。昭和八年に出版された『京都民俗史』という書物の中に、「三条大橋東詰の壇王の主夜神の神使は猫で、招き猫を出す。緑色の招き猫で右手を挙げている。そのため、江戸時代には民間では左手の招き猫より作らせなかったと言うことである」とあります。
これが事実であれば、今戸の丸〆猫に匹敵、もしくはそれ以上に古い招き猫ということになります。


招き猫のいわれ

 

挙げた手には違いあり

右手挙げの招き猫はお金とのご縁を結ぶ。
左手挙げの招き猫はお人とのご縁を結ぶ。
どちらも大事。

ちなみに、対で飾るときには、挙げた手をそれぞれ外側にして並べると、外から内に福を呼び込むとされます。


色によっても縁起それぞれ

白猫は福招き
黒猫は厄除け
赤猫は病除け
黄猫は縁結び
青猫は安全
緑猫は合格
金猫は満願成就

風水の色とは一寸違う。

 

手の長さにも違いあり

挙げた手が、耳を越えれば遠くからも福を集める。

これは、『手長』と呼ばれ、生産の都合上、型から抜きにくいため種類も少なく珍重されます。かといって耳より手が低い猫が悪いというわけではなく、手の短い猫は、身近な福をせっせと集めてくれるのでご心配なく。

 

毛並に注目

招き猫をよく見てみると、どういう訳か、三毛猫が多いこと。
実は、これにもちゃんと意味があるのです。
遺伝学的に、三毛猫のオスは千匹に一匹程度しか生まれないという大変貴重な存在。
そのため昔から幸運の守り神と重宝されて、特に船に乗る者の信仰を集めており、三毛猫のオスを乗せた船は沈まない。
または、大漁を約束すると信じられてきました。

 


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