江戸時代の中期以降、庶民の間で伊勢参宮が盛んになり、伊勢街道は東海道に次ぐほどに交通量が増え、物資や文化、情報の行き交う賑やかな街道となりました。
また、伊勢街道は東海道、伊勢別街道、伊賀街道、和歌山街道などの多くの街道と合流することから、伊勢国(三重県)の幹線道路として、旅人だけでなく地元の人々にも利用され大変賑わった街道となりました。
今からおよそ2000年前、倭姫命が各地を巡幸されたのち、五十鈴川の川上を天照大神のご鎮座の地に選ばれたのが内宮の始まりとされています。
この内宮の鳥居前にある「おはらい町」には、昔ながらの風情を残す土産物屋や銘菓の老舗、茶店などが軒を連ね、かつて人々が夢見た憧れの地「お伊勢さん」の探索が楽しめます。
おかげ横丁の建物は、ほとんどが伊勢地方の伝統的木造建築です。木造建築がもたらす美しい町並みと自然の営みや移り変わりを柔軟に取り込む日本的空間が、参拝客に晴れやかで心安らぐ休息の場を提供します。
屋根瓦にも特徴があります。伊勢音頭の歌詞が刻まれていたり、動物たちが潜んでいたりします。注意深く見てみましょう。
おかげ横丁は一つの町です。町ですから塀は無く、入場料も不要です。建物は伊勢に昔からある建築様式を再現し、地域の暮らしと文化を継承しています。伊勢独特の建築様式として、以下の4点が挙げられます。
・切妻(きりつま)型の屋根:棟を頂点としてふたつの傾斜面が合わさって三角形をつくる屋根の形。
・妻入り(つまいり):棟と直角の側面に出入り口をつけて正面とする建築様式。棟に平行した面に出入り口を設けるのを平入り(ひらいり)といい、神宮の御正殿が平入りなので、伊勢の人々は「神様と同じ住まいでは恐れ多い」と、妻入りにしたといわれています。
・杉赤味板のきざみ囲い:伊勢独特の強い雨風から建物を守るために外壁を木で囲ったもの。
・南張り(なんばり)囲い:外壁より前面に張り出している雨風避けの囲い。
桧と杉、ケヤキ、栂(つが)という木を使っています。中でも栂は、柱などの主要な部分に使われています。今では建築材としてあまり用いられませんが、伊勢では昔から栂を使った家が多く、とにかく硬く頑丈で、木目が美しいのが特徴です。おかげ横丁の建設に必要な品質の栂材を集めるために、3年の歳月を要しました。
伊勢の道を歩くと家々の間を縫うように小さな路地がたくさんあります。伊勢ではこれを世古と呼び、江戸時代から明治時代にかけて、名前が付いているものだけでも130以上あったと記録されています。
しかし、戦後その大半は都市開発の流れともに無くなって行きました。それでも、世古が今でも残っているところでは、大人たちの憩いの場となり、子どもたちの遊び場になっています。
世古は「迫」と同義で、両方から迫りあった細い道の意味や、セ「狭い」、コ「処」、すなわち「狭処(せこ)」が世古に転化したものではないかなどの説があります。