伊勢内宮前 おかげ横丁

なかむら珈房 中村 雅則 さん

 

生産国それぞれの豆の風味を味わってもらい、好みを探し、自分のオンリーワンを見つけてもらうのが夢です

コーヒーを栽培する国は世界に70 ヵ国以上。その国の豆が持つ性格を知って、それぞれのおいしさや好みのブレンドに出合って欲しい。

現在のコーヒー市場をピラミッドに例えると、底辺にコマーシャルコーヒー、真ん中にプレミアムコーヒー、頂点にスペシャリティコーヒーが位置しています。
通常、日本で飲まれる多くが該当するコマーシャルコーヒーは、その豆がどこで誰によって作られたかということは意識されず、一緒くたに扱われています。頂点のスペシャリティコーヒーとなると日本の総輸入量のわずか8%。そんなコーヒー豆を伊勢の地で仕入れ、焙煎し、みなさまにお届けしています。河崎にコーヒー豆の専門店を開いたのは、15 年前。おいしいと納得できるコーヒーが飲めなかったため、ならば自分で始めようと店を持ちました。テナントに家賃を出すのであれば、その分を品質に対する飽くなき追求に費やしたいと自宅を改修。ものづくりのベースにあるのは、よい豆を仕入れ、高い技術で焙煎し、フレッシュコントロールをしっかりすること。前職のときに知識と技術は荷物にならないと教えられ、そうやって身に付けたことが功を奏し、よい豆を焙煎できるようになりました。お客様に生産国それぞれの風味を味わってもらい、好みを探し、自分のオンリーワンを見つけてもらうのが夢です。

コーヒーの発祥は、アラブかエチオピアか……。薬効的な役割から、一杯の価値を味わうドリンクに。

 日本で流行った「コーヒールンバ(1962年)」という歌の「昔アラブの偉いお坊さんが・・・」という節は、コーヒー豆の伝説が元になっています。コーヒーの発見伝説についてはいくつかありますが、その中で僧侶オマールに関する「アラビア説」とヤギ飼いのカルディが登場する「エチオピア説」の2つが有力です。一つは13世紀頃のイエメンの山中が舞台。高僧のシェーク・オマールが、あることで国外追放された際、 食べるものもなく山中をさまよい歩いていると、鳥が赤い木の実をついばんでは陽気にさえずっているのを見つけます。その実を煎じて飲んでみると疲れが消え去って薬効的なものを感じ、その後、医者でもあった彼は疫病がはやったときにこの実で病人を救ったそうです。もう一つは、エチオピア高原のカルディというヤギ飼いの話。ある日、赤い実を食べて興奮しているヤギの群れを見つけ、修道院の僧に相談。その実を食べると気分爽快になり、徹夜の修行で誰1人居眠りをしなかったと「眠らない修道院」として伝わっています。

 発見された場所とされるアフリカ大陸のエチオピアは、対岸にイエメンがあります。そこのモカという港から、ヨーロッパ大陸に盛んに出荷されたことから「モカ」の認知度が広まりました。アラブでは発見から数百年の間、カフェインの持つ覚醒作用から薬効的な意味合いで門外不出。お坊さんの修行のときに飲まれていたようです。

 その後、栽培が広がっていった経緯には、それぞれに物語があります。あるとき、インドの僧、ババ・ブータンがメッカ巡礼のとき、アラビアからコーヒーを持ち出し、インドやインドネシアで栽培。植民地であったジャワ島から苗木がオランダ本国に持ち込まれ、一気に広がりました。その後、フランスのルイ14世にプレゼントされ、温室で苗木を育て、それらが海を渡り、カリブ海にあるフランス領のマルチニーク島で栽培。そしてキューバ、ジャマイカ、またエルサルバドル、コスタリカなど中米に広がっていきます。現在は世界で3分の1以上の生産を誇るブラジルも、ディアナから移入されたもの。これはプレゼントとして花束に潜ませた5本の苗木から栽培がはじまっています。またハワイのカメハメハ大王がたまたまブラジルに立ち寄ったことで、コーヒーを知り、「ハワイコナ」が誕生するきっかけとなりました。このようなコーヒーに対する熱意から、70ヵ国以上で栽培されることになったのです。

 アラビア半島からエジプト、トルコを通じ、オスマン・トルコのイスタンブールからヨーロッパ大陸へ、そして地中海を渡って港町のベネチア、マルセイユと、コーヒーを飲む文化は17世紀頃、花開きます。またイギリスとオランダが所有する東インド会社によって、植民地で栽培したコーヒーがヨーロッパにもたらされ、広く飲まれるようになりました。

 ベネチアには1720年創業で現存する世界最古のカフェ「フローリアン」があり、300年の風格が漂います。また現在アメリカで人気の「ブルーボトルコーヒー」は、その名の由来を1600年代後半に遡ります。オーストリア軍の兵士、コルシツキーは、トルコ軍からウィーンを守った功績にトルコ軍が置き去りにしたコーヒー豆と一軒の家を与えられ、中央ヨーロッパで初のコーヒーハウス「The Blue Bottle(青い瓶)」を開業。解放された音楽の都・ウィーンにカフェ文化をもたらしました。

日本でまだ伸びしろのあるコーヒー。信念と希望と確固たる思いを持って、お客様に届けたい。

 コーヒーは現在、世界で3番目に飲まれる飲料。1位は水、2位・お茶、3位がコーヒーですが、1杯に使う葉や豆はお茶が2g、コーヒーが10gで、原材料の使用量からいえばコーヒーが最も多い飲み物になります。日本での輸入量は700万バッグ。1バッグが60kgで、42万トンという膨大な消費量です。また地球の北側、EU、アメリカ、日本は輸入する消費国で、南側の発展途上国に生産国が多く、気象の関係もあり明確に分かれています。

 栽培環境は、亜熱帯性気候で、平均気温が20度前後、降雨量は年間1500~3000ミリ、水はけのよい、栄養分の含まれる肥沃な土地が適していて、最近は沖縄でも栽培されています。栽培が集中するコーヒーベルトは、南北の回帰線に挟まれた範囲で、味や香りを左右する条件の一つに標高もあります。それに朝夕の寒暖差も風味のよいコーヒー豆には不可欠。そんな自然条件をクリアしたものが、優れた味を醸し出しています。

 日本にコーヒーがもたらされたのは、鎖国の江戸時代に、唯一異国との取り引きがあった長崎の出島で、当時、オランダ人が持ち込んだコーヒーを一部の人が味わっていたのではないかとされています。明治20年前後には東京で「洗愁亭」や「可否茶館」など本格的な喫茶店が誕生し、その後、相次いでできた喫茶店でコーヒーが飲まれていきます。またブラジル移民政策で渡海した日本人が、コーヒー豆を栽培する農園を経営し、無償でコーヒー豆が日本に届いた時代があります。そういったこともあり、主要都市からどんどんコーヒーが広がっていきました。

 日本人が飲むコーヒーは年に平均370杯。北欧ではノルウェイが900杯、フィンランドで1200杯、ルクセンブルグでは2700杯です(EU加盟前のデータ)。まだまだ伸びるべき商品で、その商品をどのように丁寧に真剣に取り扱っていくかが今後の使命だと感じています。すべてはお客様ありき。「ありがとう」「おいしかった」と言ってくれる一言を励みに、本当に満足してもらえる価値あるものかどうかを、常に考えています。

 自分を励ますときに思い出すのが、サムエル・ウルマンの詩です。青春とは心の若さ。信念と希望と自分のしっかりした思いを貫くことで、青春を永遠に謳歌できるのではないでしょうか。味は人なり、楽しいかな、コーヒー人生。

 


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