伊勢内宮前 おかげ横丁

おかげ講習③

 

まるてん有限会社 天白幸明さん

祖父の代から、むろ部屋の菌の中で寝かせることしか教育を受けていません。
大量生産などできませんが、歴史ある波切節を守っています。

直火と燻しをゆっくりと繰り返す手火山方式。これを1~2ヵ月続けることにより、上質な味が出せるのです。

 今、テレビやSNSのおかげもあって、まるてんの鰹節が注目してもらっています。先日も台湾から4泊5日100万円というツアーで、富裕層の方が波切のカツオの燻し小屋に来てくれました。製造現場を見せるようになったのは、地域資源を掘り起こそうと三重県から頼まれたことがきっかけです。モノや人だけでなく、波切に伝わってきた鰹節「波切節」の歴史的な背景も大切な地域資源の一つです。
 カツオはまず、頭と内臓を取り、三枚におろします。この状態が「亀節」です。さらに大きいものですと、背側と腹側とに切り分けて1尾から背節2本・腹節2本の合計4本の節が作られます。背節は上質で生臭さがなく、京都の料亭で使われることが多かった製品。脂ののった腹節はみそ汁に適していて、そば屋、うどん屋が使うのは腹の方でした。
 鰹節の製法は、江戸中期に完成した二人一対で行う「手火山方式」です。直火と燻しをゆっくりと繰り返し、カツオを燻製にする方法で、茹でたカツオを5~8段に積み上げたセイロに載せ、セイロの上下を入れ替え、熱と煙をあてます。セイロの下で赤々と燃えているのは、火力が強く、長時間安定して燃え続けるウバメガシ。この燻す作業は一日だいたい1時間半、これを1~2ヵ月続けることにより、水分を抜き、風味を引き出していきます。水分は18%程度に落ち、煙成分に覆われて真っ黒になり、荒節の状態となります。もっと作業時間のペースをあげたらどうかと言われますが、一日一回、1時間半を守っています。すべての工程は職人による手作業。手間はかかりますが、繰り返すことで上質な味が出せるのです。

一般家庭では荒節で充分ですが、グレードを上げた本枯節にするために、あと2%の水分量を減らします。カビの力を借りて熟成させ、旨みを引き出し、魚の脂肪分を分解するため、濁りのない澄んだ出汁が取れるのです。
 築百年程になる燻し小屋の中に、土壁でできた「むろ部屋」があり、ここは自然発生によるカビの菌が出ています。従業員に左官屋が2人、大工が1人いますが、この燻し小屋の修繕も彼らの仕事の一つ。現在の一般的な鰹節は、培養した上質な菌を使って、人為的に生産性をあげるやり方ですが、天白では祖父の代から、むろ部屋の菌の中で寝かせることしか教育を受けていません。そんな製造法では大量生産、大量販売など一切できませんが、ある方にその話をしたとたん、「そんな貴重なものであれば神宮の神嘗祭に届けなさい」と、助言をいただきました。実は天白では、それも普段からやってきたこと。これまで守ってきたことが、ぶれていないのだと再認識できました。
 燻し小屋には小さな神棚があります。天照大御神と合わせて、風日祈宮のお札も祀っています。わたしは昭和34年生まれで、伊勢湾台風の申し子。当時母は神棚の前で畳を10枚積み上げて、わたしを守ったと聞かされ、風の神さまも祀って、燻し小屋を守っています。

食文化が安定した江戸中期から後期、日本の産地から日本橋に鰹節が集まりました。番付表に、行司役として「波切節」の名が登場します。

 日本最古の文献『古事記』によれば、カツオは干して固めた素干品というもので、生では食べなかったようです。当時は「堅魚(かたうお)」と呼ばれ、鰹と名付いたのは室町時代後半、もしくは江戸時代のこと。足の早い魚で、腐敗を防ぐために茹でたとき、カツオの旨みが凝縮された煮汁がたくさん出ました。この汁を煮込んでトロトロの状態にし、京の朝廷、藤原一族に運びます。当時の食材といえば、四つ足は農耕に使うため御法度とされたため、鶏肉と京野菜。その味に飽きてきたとき、カツオの煮汁を調味料に用いたそうで、1500年前から出汁になっていたのです。和食文化の原点として日本人にしっかり刻み込まれているのですから、100年ぽっきりの化学調味料に負けるわけがありません。
 また、伊勢志摩は御食つ国です。二千年前、神宮を伊勢に定めた倭姫命が、天照大御神御鎮座前の大仕事として、まず大御神の食事を定めました。平地が少ない志摩地方で唯一の平けた土地、伊勢神宮に近い伊雑宮を米処とし、ほかに二見浦の塩、鳥羽国崎のアワビ、志摩和具の伊勢エビ、大王崎波切では鰹節をつくって持ってきなさいと決めたのです。お供えする神饌の中で米が一番です。ほかに地域の旬のものを並べ、最後に鰹節を真ん中に置きました。これが御食つ国の形です。
 平城京跡から「志摩国伊雑郷魚切里」と刻まれた木簡が見つかっていますが、「魚切里」とは「なきり」のこと。つまり神宮や朝廷に魚を献上する伊雑宮の領地であり、その地で魚を加工していた村という意味です。そんな歴史の火を消すわけにはいけません。

戦国武将の時代には、大王崎で生を受けた九鬼嘉隆が、当時の将軍・織田信長に遣えます。その頃の漁師は、カツオの一本釣りだけでなく、船団を組んでクジラを捕っていましたが、その統率力が目に止まり、水軍を結成したというエピソードもあります。
 江戸時代は天下泰平となり、江戸中期から後期に食文化が安定し、鰹節が日本の産地から江戸の日本橋に集まりました。鰹節の味見をし、ランキングをつくったのですが、行司役として「波切節」の名が登場します。この番付表に出てくる地域は、今の産地とほとんど変わっていませんが、波切節のほかにも伊勢志摩の鰹節が全国の味を決める役目を担っています。神さまの鰹節をつくる伊勢志摩に、誰も文句は言えなかったのではないでしょうか。また番付表には裏付けがあります。この時代の日本橋界隈の商人は、越後屋をはじめとする三重県出身の松阪商人、伊勢商人。堂々と今の三重テラスあたりを歩いていたんですね。鰹節同業者の「にんべん」も元は伊勢屋さんで四日市出身。「伊」の偏をとってにんべんとしました。こういった背景から、日本橋界隈では誰も文句を言えないくらい、牛耳っていた時代があったんです。
 日本列島、産地といえば枕崎、高知、焼津、房総半島、それに気仙沼あたりが知られるところですが、伊勢志摩の鰹節なんて聞いたことないと言われます。ただ今申し上げた産地は、昭和初期に国の施策でできた漁港で、大型船が入って来られるよう整備されたところ。三重県には一本釣りの優秀な船があって、日本一になったこともあるのですが、腕が達者で漁獲高はいいけど、三重県に大型船をつけるところがありません。水揚げはゼロです。漁師は無線一本で揚げるところを決めます。そういった状況から、弊社では先代から生加工を止め、焼津や枕崎に仕入れに走っています。

鰹節の旨みは世界共通。和食の源流であった鰹節の裾野が広がっています。

 神さまにものを捧げるとき、どんな思いで捧げますか。ごはんであれば炊きたての湯気のあるもの、また地域でとれる旬のもの、こういった心のありようが大事です。捧げた後、儀式が終わったあとは直会をいただきます。このときにはいただく感謝があり、それを表しているのが「神人共食」です。
 サミット候補地の検討のとき、安倍晋三首相の「日本の食の原風景を体感させてあげたい」との言葉で、伊勢志摩が決定的となりました。主会場となった志摩観光ホテルの樋口宏江シェフは、神饌の考えをフルに使ってフレンチを出しました。お米をリゾットに、旬の野菜をトッピング、松阪牛フィレを乗せた一皿に、カツオでとった一番出汁をかけました。  樋口シェフは何度か燻し小屋に来てくれましたが、サミット関連で訪ねて来た人の中に、フレンチの巨匠・成澤由浩さんがいます。アジアのベストレストラン50で、日本人で一番となった方です。研ぎ澄まされた舌の感覚を持っていて、愛知県常滑出身。赤いパッケージの鰹節(荒節)を、フレンチの隠し味に使ってくれるようになりました。フランスの三ツ星シェフ、ジョエル・ロブション氏の秘蔵っ子・須賀洋介さんも同じように愛知県出身。成澤さんと同時進行で、洋食に鰹節を使い出しました。
 こんな世界がスタートし、燻し小屋ではおもてなしの心で接していますが、おかかごはんを味わってもらいます。伊賀の「土楽」の鍋で炊いたごはんに鰹節をぶっかけ、シンプルだけど鰹節の旨みが一番分かり易く、子どもたちも食いつきました。
 ヨーロッパの富裕層が健康管理に気を遣い出したとき、バターやマーガリンを避けたいという嗜好になり、それに変わるものが日本の鰹節と昆布でした。グルタミン酸とイノシン酸が、バターの味覚に代わる、充分な旨みとなったのです。
 サミット以降、鰹節は海外へ出るチャンスが増え、間違いなく和食の源流であった鰹節の裾野が広がっています。旨みはオールマイティです。

 


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