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神宮鳥居前町の変遷

伊勢神宮内宮の鳥居前に「おはらい町」と呼ばれる通りがあります。
江戸時代、伊勢神宮には全国から多くの人々が参拝に訪れていましたが、第二次世界大戦後はその信仰も薄れ、モータリゼーションの発達やレジャーの多様化により、この「おはらい町」に立ち寄る参拝客は激減し、次第に町は衰退していきました。 しかしながら、昭和54年、この町の衰退を危惧する(株)赤福が住民有志と共に委員会を設立し、「おはらい町」の電線の地中化や石畳への再舗装、建物を切妻屋根に改装するなどの再開発に取り組み、伊勢の伝統的な町並みへと蘇りました。さらに(株)赤福は、平成5年に「おはらい町」の中程の一角に「おかげ横丁」を開業し、かつての賑わいを取り戻しました。

おかげ横丁の理念

江戸時代、当時の人口の1/5にあたる人々が、”伊勢に行きたい伊勢路が見たい せめて一生に一度でも”と、 日本全国から伊勢へ押し寄せました。居住地から移動することを制限され、満足な宿泊施設もない当時の参宮は、まさに命懸けの旅であったことでしょう。そうした中、伊勢の人々は自分の施しが神様に届きますようにと、「おかげの心」で「施行」と呼ばれる振る舞いを行い、物・心の両面から旅人を支え、あたたかく迎えたと言われています。そんな「伊勢人」の心の中には、日々あることを神に感謝する「神恩感謝」の精神が受け継がれています。
自然の恵みに感謝し、日々「おかげの心」で働く「伊勢人」の精神が息づく町、それが「おかげ横丁」です。

おはらい町とおかげ横丁

「おかげ横丁」は、第61回神宮式年遷宮の年、1993年(平成5年)7月16日に、伊勢神宮内宮前の「おはらい町」の中程で、お伊勢さんの「おかげ」という感謝の心を持って開業しました。 「おかげ横丁」はいわゆるテーマパークではなく、入場料といったものはありません。約4000坪の敷地内には、江戸から明治期にかけての伊勢路の代表的な建築物が移築・再現され、この地方の魅力が凝縮されており、三重の老舗の味、名産品、歴史、風習、人情まで、一度に体感していただけます。 建築物の特徴は、「伊勢人」が“神様のお住まいと同じ平入りでは恐れ多い”と妻の部分に玄関を設けた「妻入り」と、雨風の強い伊勢ならではの外壁の仕上げ「きざみ囲い」などが主です。建築材料は、栂(トガ)材を使用しています。

 

日本の暮らし文化

日本人は、いにしえより移り変わる四季を愛でながら、季節ごとの歳時や年中行事を大切にしてきました。しかしながら、現代の生活環境では、ゆっくりと季節感を味わうことも少なくなり、受け継がれてきた風習も簡素化されています。 おかげ横丁では、この美しい日本の伝統を敬い、伊勢路の暮らし文化で皆さまをお迎えしています。

 

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