横丁でもっとも大きい建物で昔の芝居小屋風につくられた「おかげ参りの歴史館」です。
「伊勢に行きたい伊勢路が見たい せめて一生に一度でも わしが国さはお伊勢に遠い お伊勢恋しや参りたや」と伊勢音頭に唄われたように江戸時代、伊勢は大変憧れの土地でした。しかし当時は、たとえば江戸から伊勢へ来るのに片道15日という日数を要しました。
交通手段も宿泊施設も整っていない江戸時代に、なぜ日本の五分の一もの人が伊勢に押し寄せたのでしょうか。そして何を考え、どのような覚悟で、どんな方法でやってきたのでしょうか。この江戸時代の参宮ブーム「おかげ参り」の賑わいの様子を、二分の一スケールの縮尺模型で再現した「テーマ館(町並み)」とその謎を解き明かす「歴史館(映像シアター)」を巡り“おかげの心”“日本人の心のふるさと伊勢”についてご紹介いたします。
お時間のある方は案内人がおもしろおかしく、そしてちょっぴりためになる案内をさせていただきます。お時間の無い方はご自由にご覧いただくこともできます。
☆おかげ参りとは?
江戸時代に庶民の間で起きた爆発的な伊勢参宮ブーム「おかげ参り」のはじまりは、元和三(1615)年頃。その後はおよそ60〜70年に一度の周期で続きました。
「おかげ参り」がおきた理由は三つ。まず一つ目は、伊勢神宮が皇祖神を祀る神社で、祭神が当時多くの庶民が携わっていた農業と深く結びつく「天照大御神(太陽神)」と「豊受大御神(衣食住・産業神)」であったこと。
二つ目は、伊勢信仰を広めようと活動した「御師」とよばれる神主たちの影響。彼らは檀家を訪ね歩き、神宮について参宮費用を積み立てさせるなど、人々に伊勢参宮を勧めました。また、お払いから宿泊・観光案内まで広く請け負い、旅行代理店のような役割も果たしたといいます。
そして三つ目は、街道沿いの住人等が無償で行った施し「施行」により、無銭でも無事に伊勢までたどり着けたこと。握り飯の振る舞い、わらじの無料配布、農耕馬を使った人の運搬など、これらは全て伊勢人の信仰心の表れでもありました。
本来、伊勢参宮は自然に生かされし己を知り「おかげさま」の思いで詣でるべきもの。伊勢参宮のあるべき姿を、おかげ座でご体験ください。 |